MICHI ISHIJIMA - Pride One -

苦笑

苦笑

『苦笑』をなんと読みますか? 『くしょう』? 『にがわらい』?

なんか読み方ひとつで随分とイメージが変わってしまうと思うのはボクだけでしょうか?

読む人に選択肢を与える。読む人の意思をそこに入れられるスペースを空けておく。行間を作る。日本人としての日本語の面白さがそこにある気がします。全部説明してすべてをギチギチに詰め込んで相手にぶつけるのではなく、ドンと受け取らせるではなく。

広告の写真は相手の感情の中に入り込まなければいけません。でも『北風と太陽』ではないですが、ぶつけてこじ開ける写真では何も入ってこない。今、街にあふれる写真を使った広告で入ってくるものは意外に少ない気がします。それらのほとんどが掲示されて目的完結されてしまっているからだと推測します。本来の消費者、購入者に問う前に広告を作る。掲示する。請求書が発生する。という目的で終わってしまっている気がしてなりません。広告物に限らず雑誌グラビアにしろ表紙にしろ。

ボクの撮る写真はいつも未完成。それは見るひとが入れるスペースを空けているから。見てくれるひとがいないと未完成のままになってしまいます。見てもらって、そのひとの感情が入って完成する。ただその空いているところにパズルのようにピタッとはまる感情でないとそれは中途半端になってしまう。一番ぴったりな感情形状は被写体本人であって欲しい。常にそれを心がけています。

他の誰のためではなくあなたの写真をあなたのためにフレームに納める。

だからなのか個人を撮影する方が得意です。そのひとを観察し、そのひとを被写体としての一番素敵な瞬間を逃さない…つもりがオフショットの方が可愛かったり、、、あはっ(苦笑)